大阪高等裁判所 昭和42年(う)790号 判決
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〔判決理由〕そこで進んで、実質的違法性阻却に関する具体的法律判断適用の誤りを主張する論旨について判断する。
一、動機目的の正当性についての判断の誤りの主張について
論旨は、原判決が被告人の本件行為の動機目的としているところは、要するに(1)「管理職のみによる給水実施」に対する抗議と阻止並びに(2)被害者側の「警察力の導入という挑発的行動」に対する抗議と阻止にそれぞれある、と認定し、これが結局実質的違法性を阻却するに足る正当なものと判断していると考えられるが、原判決は、右の動機目的の前提となる事実を誤認し、ひいては目的の正当性の判断をも誤つている。すなわち
(一) 原判決が右の「管理職のみによる給水実施」に対する抗議と阻止の目的の正当性の判断の前提事実として
(1) 水道事業所当局が発した時間外勤務についての業務命令は違法無効である。
(2) 組合が当局側からも自主給水を許されたものとして給水を行なつた。
(3) 組合側に残余の給水を行なう意思があつたことを前提として、当局側が組合の意向を十分確かめようとせず、一方的に管理職のみによる給水作業を強行しようとした
と認定したのは、いずれも事実誤認であり、
(4) 右の(1)ないし(3)の誤つた認定事実を前提として、被告人が「管理職のみによる給水実施の推進者である中野所長代理に対し、これを抗議阻止するためにした本件行為の正当性を認めたことは誤りである。
(二) また、被告人の本件行為につき中野所長代理の「警察官導入という挑発的行動に対する抗議と阻止の目的があつたとししかも、それが被告人として無理からぬものがあつたとして、その目的の正当性を認めたのは、いずれも誤りである
というのである。
よつて、右各所論について順次判断する。
(一)の(1)の所論について
所論は、原判決が時間外勤務について発した業務命令を違法無効としたのは、労働基準法の解釈適用を誤つているといい、その理由とするところは(イ)ないし(ホ)のとおりである。すなわち
(イ)八時間労働制は、原判示のとおり、労働基準法の基本原則ではあるが、それも業態によつてはこれを貫くことが困難な場合があり、同法自体においても三二条二項、三六条、四〇条、四一条等多くの例外規定を設けているように絶対的なものではない。
(ロ)同法三三条一項及び三項は、同法三六条と並んで三二条一項の例外として時間外労働をさせることを認めているものであつて、その規定の趣旨内容から考えても、三六条による協定(三六協定)なくして労働者に時間外労働をさせることを認めている。
(ハ)企業職員は、一般公務員と若干異なる労働関係に立つ面があるにせよ、それは職務の性質からいくらかの労働法的保護を受けているにとどまり、基本的には純然たる地方公務員であるから、その勤務関係は特別権力関係に立ち、当事者対等の基本原理により律せられる私法関係ではない。それで、企業職員も地方公務員としての身分上、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務するものである(地方公務員法三〇条)から、その職務関係の高度の公共性を無視することはできない(地方公営企業労働関係法一条)のであつて、企業職員の労働法的保護と住民の福祉との間の均衡と調和を考慮しなければならない。そして、三三条三項は、その要件が「公務のため」臨時の必要がある場合というのみで、他に何らの条件をつけないで時間外労働をさせることを許しているのに、その労働関係が、公共の福祉に奉仕する「公務」の重要性を重視したためと解されるのは当然であるところ、企業職員にはこの三項の適用なく一項により律せられるとはいえ、一項の適用に当つても企業職員の職務についての前記の公共性と共に、三項が適用される公務員の場合との均衡をも考慮すべきである。以上の諸点を総合し、三三条一項を合理的に解釈適用することは、原判決がいうような拡張的な解釈適用でもなければ、その乱用でもない。
(ニ)三六協定を締結することができたか否かということは、三三条一項所定の「災害その他避けることのできない事由」の解釈の基準にはならない。
(ホ)三三条一項所定の「災害その他避けることのできない事由」の解釈として、水道事業所において通常予見しうる範囲のものを除くとしても、法は難きを強いるものではないから、予見しうるもの全部というのではなく、そのうち、これに対して事前の手当(前述したところから明らかなように、三六協定の締結は、これに含まれない)か通常期待できないものは、右の「避けることのできない事由」に含まれるものと解するのを相当とする。そして、本件茨木市の場合、毎年夏期には断水し各戸給水をするのを例としたから、今回の断水も予見範囲に入ると云いうるとしても、同市の場合は、水道施設が弱体であつて、近時の急激な人口増加に伴う水の需要の増量に追いつけなくなつたこと、その根本的対策たる水道施設の増強は、財政再建団体に指定されている赤字の同市としてはその経費の面で困難な事情にあつたこと、従つて、本件の場合、断水が予見されることはあつても、あらかじめこれに対処すべき根本方策として施設の増強をなし、その虞れを未然に防止しておくことが通常期待できない状況にあつたものであり、そのうえ送水用ポンプの故障など予期しない支障も重なつて断水を招いたのであるから、本件は三三条一項所定の前記事由によつて臨時の必要ある場合に該当するということができる。しかるに、原判決は、同条項により適法であるべき前記業務命令を違法、無効と判断したことは、同条項の解釈を誤つたものである。
というのである。
先ず(イ)の点について案ずるに、労働基準法三二条一項所定の八時間労働制は、労働者の生命、身体、健康を守るための必要な労働条件であり、しかも、それは最低の基準であるから、元来これを低下させてはならず、むしろその向上を図るように努めなければならない(労働基準法一条二項)ものであるから、少くともこの基準を下廻らないよう順守すべきものであつて、原判決が八時間労働制を以て「労働法上の大原則」と判示したのもその点にあるものというべく、同法が諸般の事情を考慮して立法され、この八時間労働制に若干の例外規定が設けられているからといつて、それはあくまでも特殊事情に基づく例外の場合に関するものであるから、これを理由に「八時間労働制は絶対的のものではない」との所論は、本末を転倒する議論であつて当を得ないものと云わなければならない。従つて、これと異なる観点に立つ前記主張は採用できない。
次に(ロ)の点について案ずるに、労働基準法三三条一項及び三項の規定が、三六協定のない場合においても、その要件を具備するに至つたときはこれを適用し得ること所論のとおりであるが、記録によれば、原判決は、後記(ニ)において判断するとおり三三条一項の規定を適用する場合には、その前提として三六協定の存在を不可欠としているとの趣旨ではなく、原判示の如き事情の下においては、三六協定を締結しないで三三条一項の規定を適用することはできない旨判断しているものと認められる。従つて、その点に関する原判決の判断は、実質的には所論の内容と何ら異なるものとは解せられないから、前記主張も採用できない。
次に(ハ)の点について案ずるに、地方公営企業の職務に従事する企業職員は、地方公務員として、他の一般地方公務員と同様に地方公務員法の適用を受け、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならず(地方公務員法三〇条)、また、その場合には、法令等に従い、且つ、上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない(同法三二条)から、その点においては一般公務員と何ら異なるところがない。それで、私企業に従事する企業職員とは異なつた一種の権力関係に律せられていることは否定し得ないけれども、これをもつて所論の如く特別権力関係に立つているものと観ることはできない。けだし、企業職員は、通常上司の命令に従い、誠実、かつ最善の方法で職務を遂行しているが、それは、その結果がすべて公共の利益につながり、国民全体の奉仕者としての責務だからであつて、決して旧憲法の下におけるが如き「忠誠を尽す義務」ないし「絶対服従義務」に基づくものではないからである。そして、地方公務員に対する労働基準法その他の法律の適用除外を規定した地方公務員法五八条によれば、その三項において労働基準法三二条、三三条、三六条の適用を除外していないから、これらの規定は一般職の地方公務員に適用され、そのうち三三条三項は非企業職員に、また同条一項は企業職員にそれぞれ適用されるが非企業職員に適用される右三項は、企業職員には適用されないことが認められる。これらの規定は、いずれも、「臨時の必要がある場合」に、労働者に時間外勤務を命じ得る旨を定めたものであるが、その時間外勤務を命じ得る条件については両者の間に著しい相違があり、前者は緩やかであるに反し、後者は極めて厳格に規定されている。結局、これは、非企業職員と企業職員との職能あるいは勤務の実態の差異等から、その健康に及ぼす影響などが考慮されたことに基づくものと解せられるうえに、労働者たる企業職員に保障された八時間労働制に関する例外規定であることに思いを至すならば、これらの規定を解釈するに当つては、特に厳格慎重でなければならないものと解するのを相当とする。従つて「臨時の必要がある場合」が発生し、企業職員に時間外勤務を行なわせるに当つては、「公共の利益のため」とか「公共の福祉のため」とかいう理由を隠れみのにして、非企業職員に適用される三三条三項の規定の趣旨を企業職員に適用される同条一項の規定に採り入れ、すなわち、右一項の文理規定に目をつぶり三項の規定の内容の趣旨にまで拡張解釈を行ない、実質的にその内容を変更するが如きは、労働法の精神にかんがみ絶対に許されないものと云わなければならないから、前記主張も採用できない。
次に(二)の点について案ずるに、記録によれば、原判決は、所論の点に関し、労働基準法「三六条によらず労働者の意思を全く無視して時間外労働をさせることを認めた三三条一項の規定については、その解釈適用は厳格になされるべく、いささかでも拡張的な解釈適用を試みることは厳につつしまなければならないと前提したうえ、この見地に立つて右三三条一項所定の「災害その他避けることのできない事由」を解釈すると、それは「災害その他客観的に避けることのできない事由であつて、通常予見される範囲を超えるものをいうものと解すべきところもともと水道事業はその性質上職員の時間外勤務を必要とする場合の多いことがなんびとにも容易に予見しうるところであり、このことは前記のとおり施設上の事由により過去幾回となく断水の経験を持つ茨木市において特にそうであるから、同市水道事業所としてはそのような事態にそなえ、あらかじめ組合との間に三六協定を結び合法的に時間外勤務を求めうる手立てを尽しておくべきであつた。もしそれがなされているならば、本件の断水に際しても、その協定の範囲内で職員に対し合法的に勤務時間外の給水作業を命じえた筈である。殊に、当時組合側においては三六協定の締結を拒否していたわけではなく、ただ、同協定なくして超過勤務をすることを拒否していたに過ぎないのである。ところが、茨木市水道事業所では、従来から三六協定がなかつたばかりでなく、これに代るものとして行なわれていた時間外勤務の事前協議制さえも坂井市長の組合敵視政策のもとで一方的に破棄されたのである。このように、三六協定の締結によつて容易に同協定の範囲内で合法的に時間外勤務を命じえたのに、何らの合理的理由もなくして同協定を締結せず、三三条一項を乱用して職員に時間外勤務を命ずるが如きは到底容認し得ない」旨認定判断している。そこで、三三条一項の規定について考えてみるに、同条項は、三六条とともに三二条の例外規定であつて、その要件が充足されたときは、三六協定の有無にかかわらず、使用者が労働者に時間外勤務をさせることができることは既に説示したとおりであるが、三三条一項による時間外勤務は、労働者の意思の如何にかかわりなく行なうことが認められているのに対し、三六条による時間外勤務は、労働者が労働法上の基本原則たる権利、すなわち時間労働の制限を、労働組合等を通じて任意に処分することによつて生ずるものであるから、その点において両者の間には本質的な差異があり、従つて、両者等しく三二条の例外規定ではあるけれども、その間に自ら序列的なものを潜在させていること、換言すれば協定に基づく三六条による時間外勤務が、労働者の意思に基づかない三三条一項による時間外勤務よりも優位に立つものと解するのを相当とする。されば、使用者側は、誠意をもつて三六協定の締結に努力すべきであり、それにもかかわらず労働者が故なくこれに応じないときは、協定による利益を放棄したものと認められるから、三三条一項の規定が表面に浮び上がり、同条項所定の事由が発生したときは直ちにこれを適用し得るのであるが、これに反して、使用者側が、三六協定の締結に努力しないで三三条一項の規定を適用しようとする場合には、それは労使間の関係が契約で成り立つことを本旨としている労働法の精神にも反し許されないものと云わなければならない。そして右に摘示した原判決認定の事実は、記録上優にこれを認めることができるのであつて、右の事実によれば、使用者側は、本件の如き断水事故が発生することを十分予見しえたにかかわらず、従前何ら合理的理由がないのに三六協定を締結しなかつたばかりでなく、同協定に代るものとして従来組合側と行なつてきた時間外勤務の事前協議さえも一方的に破棄し、右協定の締結に努力しなかつたことが明らかであるから、未だ三三条一項の規定を適用できる段階に至つていないことが明らかである。それなのに、使用者側があえて右規定を適用したのであるから、右は違法、無効な行為というほかない。所論引用の各判決は、本件の場合と事案を異にし適切でないから右判断の妨げにはならない。従つて、右主張も採用できない。
さらに(ホ)の点について案ずるに、検察官挙示の各証拠その他記録によれば、茨木市は、水道施設が原判示のとおり弱体のため、従来住民の需要量に応じきれず、毎年渇水期には水不足、断水の事態を繰り返し、それが多数住民の生活に直接影響を及ぼす重大問題であるだけに、その根本的な対策として水道施設の拡充強化を行なう必要を痛感していたが、予てから巨額の負債を抱えて赤字財政を続け、昭和三一年には財政再建団体に指定され、爾来財政建て直しに腐心してきたにかかわらず、かえつて負債は増大の一途をたどり、市中銀行の信用すら失う苦痛にあつたため、経費の面でその実施に踏み切れず、その都度びほう的措置を講ずるだけでその場を糊塗し、本件断水の当日を迎えたことが認められる。してみると、当局側は、その財政上水道施設の拡充強化に手をつける余力なく、従つて、当時物的面における事前の手当を期待できない状況にあつたことは所論のとおりであるが、ただそれだけの事情が認らめれることにより、元来「通常予見しうる範囲に属するもの」が、その範囲から除外されて然るべきものとは考えられない。所論は、三六協定の締結は事前の手当に含まれないというのであるが、もともと上水道の使命は、その水を需要者に送ることにあるのであるから、その物的面の水源地、水道施設等が重要な地位を占めていることは勿論であるけれども、その水が滞りなく需要者の台所に配給されるには、その業務に従事する者を除外しては到底考えられないことである。してみると、人的面の企業職員もまたその重要な一翼を担つているものというべきであるから、この方面に対する措置も同様に事前の手当に包含されるものと解するのを相当とする。そして、右の人的面の措置としては、本件の如く労働者の意思を反映して締結される三六協定が存在しない場合には、速やかに、これを締結するか、少くとも使用者側が誠意をもつてその締結に努力したときに、初めて事前の手当を完了したものと云うことができるものと解するところ、本件においては未だ同協定が締結されておらず、しかも、その原因が使用者側の責任に帰せられるべきこと前段認定のとおりである以上、所論事前の手当は、未だ完了していないものと云わざるを得ない。さすれば、本件の断水は、水揚用ポンプの故障等の事情を考慮に入れても、やはり通常予見しうる範囲に属するものと判断するに十分であるから、これを以て三三条一項所定の「災害その他避けることのできない事由」に該当するものと認めるに由なく、従つて、これと異なる前提に立つ前記主張は援用できない。
してみると、当局側が塩山書記長ら七名に発した時間外勤務を命ずる前記業務命令は、未だ三三条一項所定の要件を具備していないから、違法無効であることが明らかである。従つて、これと同趣旨の判断をした原判決には、所論のような法令の解釈適用の誤りはないから、論旨はすべて理由がない。
(一)の(2)の所論について
所論は、原判決は「第三水源地における中沢所長と塩山書記長との話合いにより、当局側から自主給水を許されたものとして」組合が午後一〇時頃まで、各戸給水を行なつたと認定しているが、当局側が組合に自主給水を許した事実の存在しないことは勿論、被告人や塩山書記長ら組合側において、当局側から自主給水を許されたと考えて行動したとも認められない、というのである。
よつて調査するに、原審証人中沢一夫、同塩山博之、同北川治郎及び同中野太一(第一〇回公判廷における分)の各供述によれば、中沢所長は、第三水源地に集合している塩山書記長ら水道事業所勤務の職員(組合員)を説得して給水に行かせるため、当日午後六時頃中野所長代理と共に同水源地に赴き、塩山書記長に対し市民に迷惑がかかるから早く給水に行つて欲しい旨述べたが、同書記長においてこれに応じないばかりでなく、三六協定を結ぶのが先決であるなどと云い出し、原判示のとおりの経緯の下になかなか話合いがつかず、同書記長と相当強い口調で言い合う場面も生じたか、当時携行していた同書記長ほか三名に対する業務命令書(残りの三名に対する業務命令書は既に中野所長代理からそれぞれ本人に交付されていた)については、三六協定なくして発せられその効力に疑問があつたので同書記長には単に業務命令が出ている旨告げただけで、これを交付しないで極力説得に努めていた。他方、塩山書記長は、同所に来る際小矢田委員長らから「既に中沢所長に三六協定の締結を申し入れて拒絶されたうえ、業務命令まで発せられているが、これは無効であるから、さらに大橋管理者に三六協定を申し入れる。しかし、その結果がいずれにしても給水をしないわけにはいかないから、水道関係の組合員は全部第三水源地に行つて待機してもらいたい」旨告げられ、かつ右水源地の責任者に指名され、組合員二〇名ぐらいを連れて同所に来ていたものであるから、組合からの連絡を待つため中沢所長の説得に応じなかつた。かかる折、坂井市長から中沢所長に電話で、「市役所前にタンク車がまた停まつているではないか、早く帰つてそれで給水せよ」という趣旨の厳しい指示があつたので、同書記長との話合いを打ち切り、自分ら管理職員だけで給水作業を行なおうと決心し、付近に満水して停車中の消防車の岡村運転手(消防士)に「車を出してくれ」と話して帰庁しようとしたところ、偶々その頃副委員長である被告人から塩山書記長にこれまた電話で、「組合の三六協定申入れは不調に終わつたので、組合側で給水することになつた(以下これを自主給水と称する)、中沢所長に話して出発してくれ」との趣旨の連絡があつた。そこで塩山書記長は、帰庁しようとしていた中沢所長を呼び止め「課長(中沢所長のこと)が車に乗つて行かれるようでは我々の立つ瀬がない、課長の顔を立ててやろう」、「結局協定は結ばれなかつたようだが、自分が責任を持つて給水するから任せて欲しい」旨申し向けた。これを聞いた中沢所長は、頭を痛めていた給水のこととて全く救われたような気持になり、直ちにこれを了承して一足先に帰庁したところ、前記市長の云うとおり、本庁玄関前に満水したタンク車が放置してあつたので、直ちに付近に居合わせた堀経理係長、西野浄水係長及び堀尾業務係長の管理職員を認め、直ちに右三名に対し同タンク車に乗車して中穂積地区に給水に行くよう命じ、同人らをして乗車出発させようとした。ところが、その時、他の組合員と共に付近に居合わせてこれを見付けた被告人は、当時既に自主給水を行なうことに決めていたこととて、即座に他の組合員と共にその場合に駆けつけ、右係長らに対し「配管の状況も判らんやつが、何で乗るんだ」と抗議し、車から降りるよう要求して下車させ、次いで消防車と共に同所に到着した塩山書記長ら組合員を、右タンク車及び消防車に分乗させ、組合旗を立てるなどして自主給水の外形を整えて出発したが、中沢所長は、これらの事実を終始目撃しながら、その間全然制止し、あるいは抗議するなどの行為に出なかつたことが認められる。この認定に抵触する右証人塩山博之及び同中野太一(第一〇回公判における分)の各供述部分はたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして、右に認定した事実から考えると、中沢所長は塩山書記長に対し最初から事業所職員として給水に行くようにとの趣旨で説得に努めており、しかもその後坂井市長から厳しい指示を受けて帰庁しようとした際、塩山書記長から呼び止められ、「課長が車に乗つて行かれるようでは我々の立つ瀬がない、課長の顔を立ててやろう」とか「自分が責任を持つて給水するから任せて欲しい」とか申し出たので、この申出は結局同書記長が自己の説得に応じ、事業所職員として給水に行くという趣旨であると理解し、同書記長に給水を任せたものであることを窺い知るに十分である。もつとも、その後中沢所長は、被告人らの組合員がタンク車に搭乗して給水に出かけようとした西野係長らを下車させたこと、また塩山書記長がタンク車及び消防車に組合旗を立てるなどして給水に出掛けたことを目撃しているので、その段階に至つて、初めて塩山書記長ら組合員が事業所職員としてではなく組合として自主給水に行くものであることを察知したと判断される。しかも、それに対して同所長が全然制止し、あるいは抗議する等の行為に出ていないけれども、もしも、同所長がかかる行為に出たとすればたちまち組合側との間に紛争を惹き起こし、その結果給水がさらに遅延して市民に迷惑を掛けることは必定であるから、それを考慮してあえて右の行為に出なかつたものと考えられるので、これを以て中沢所長が組合側の自主給水を承認したものとはならない。他方、塩山書記長は、当初から組合の連絡に従つて行動する考えで、三六協定を持ち出すなどして中沢所長の説得に応じなかつたが、その後被告人からの連絡により組合で自主給水を行なうことに決定したので、その趣旨で中沢所長に対し「結局協定は結ばれなかつたようだが、自分が責任を持つて給水するから任せて欲しい」旨申し出たものである。しかしその時、組合が自主給水をするとの明示的意思を表示しなかつたため、前記のとおり中沢所長はこれを事業所職員として給水に出る趣旨であると誤解了承し、一方塩山書記長はあくまでもこれを同所が組合の自主給水を一任したものと考え、その後タンク車等に組合旗を立てて給水作業に従事したことを認めるに十分である。してみると、双方の間には組合の自主給水に関し錯誤のあつたことは明らかであつて、この点についての原判決の認定した事実も略々これと符合しており、所論摘示の「当局側からも自主給水を許されたものとして」の判示部分は、その間の事情を適切に表現しているものと云うことができ、その余の縷述する理由も、右に認定した事実に照らしいずれもこれを容認できない。従つて、右と同趣旨の認定をした原判決には、所論のような事実の誤認はないから、論旨は理由がない。
(一)の(3)の所論について
所論は、原判決はあと僅かばかりの給水未了地域を残すのみという段階になつて、「当局側が組合側の意向を十分確めようとせず、一方的に、管理職のみによる給水作業を強行しようとした」という事実関係を認定しているが、原判決の右事実認定は誤りである、というのである。
よつて調査するに、<証拠>によれば、塩山書記長は、当夜責任者の立場で他の組合員と共に給水作業に従事していたが、午後一〇時頃に至り、新たに断水した下穂積地区の一部を残すだけで一応給水を終わり、時間の切りもよいので一旦市役所に引き揚げて休憩することにし、電話でその旨小矢田委員長に連絡する傍ら、給水用に使用していた二台の車のうち消防車は既に給水を終わつて空車になつていたので先に帰えし、自ら残りのタンク車に乗つて残りの水を配給しながら帰庁したが、その際今後の給水については、容水量の多い消防車だけを使用すれば足るものと判断し、タンク車に若干残つていた水を放出した後、水道事業所に中沢所長を訪ねたが不在だつたので、居合わせた中野所長代理に「これからの給水について所長と話し合いたいから、所長が戻つたら連絡してくれ」と話してその了承を得たうえ、組合事務所に行つて待機し、中野所長代理からの連絡を待つた。これより先、中沢所長は、中穂積地区の辻市会議員より同地区内に給水未了部分があるから給水してやつて欲しい旨の電話連絡があり、偶々来合わせた小矢田委員長にその旨話して右地区への給水を依頼したところ、同委員長は、先刻塩山書記長から一旦休憩しに戻る旨の電話連絡を受けたばかりであり、しかも、普段遅くまで業務に従事すれば、当局から必ず食事が出されたのに、当夜はまだその気配もなく憤慨していた際でもあつたので同所長に対し「めしを出さんと給水せよとはどうや」と反ばくするなどの一幕もあつたが、その点は悪かつたと同所長から率直に詑びられたので、それ以上抗議めいたことを云うことをやめ、同所長申出の給水については「塩山書記長に相談してみる」旨答えて同所を退出し、塩山書記長の帰庁を待つた。ところが、中沢所長は、その後堀係長からタンク車の水が放出されているとの報告を受け、偶々それまでに小矢田委員長から残余の給水について何の連絡もなく、またその以前に給水の件で塩山書記長が会いに来たことも中野所長代理から聞かされていなかつたため、てつきり組合では残余の給水を行なわないことにしたものと即断し、管理職員をして給水作業に従事させる決意をして、その準備のため自ら原判示茨木市消防署に赴き、森本署長に対し給水のため消防車の再度出動方を要請し、その了承を得たので直ちに実行に移そうとしたことが認められる。<反証排斥>そして、右に認定した事実から考えると、中沢所長は、当日夕方から午後一〇時過ぎまで組合員らが給水作業に従事してその作業の大部分を終了し、あと僅かな給水未了部分を残すだけになつたのであるから、同部分も組合員らにやらせて完了させるのが相当であり、また右給水作業は、当局側との協定(三六協定を含む広義の意味)に基づくものではないから、その賃金は支払われないことになるとしても、これを完了することは組合側としてもむしろ希望していたものと考えられ、しかも、その点については塩山書記長が中沢所長に面談しに行つていることからも十分うかがわれるところである。それにもかかわらず、単にタンク車の水が放出されているとの堀係長の報告と、それまでに小矢田委員長から右の給水についての連絡がなかつたことの二点の理由から、直ちに組合側にはもはや給水作業に従事する意思がないものと即断したことは、それまでの経緯から考えてもまことに軽率不信のそしりを免れない。のみならず、その点を小矢田委員長あるいは他の組合幹部に確かめることは極めて容易なことであり、このことによりタンク車の水の放出のことは勿論、組合側の方針も直ちに氷解し得た筈であるのに、かかる僅かな手間すらとることを怠り、また管理職員のみによる給水作業を行なうことを組合側に知らせることもせず、独断でこれを実行に移そうとしたことは、それが誤解にもとづくものであつたとしても、組合側を全く無視した行為と云わざるを得ない。これについて、原判決が「管理職のみによる給水作業を強行しようとした」と判断したのは、ややその表現に強過ぎる嫌いはあるとしても、その認定は不合理とは考えられず、その余の縷述する理由も、右に認定した事実に照らし、いずれもこれを容認できない。従つて、右の所論は採用できない。
(二)の(4)の所論について
所論は、原判決は「組合が違法な業務命令を拒否して闘争の筋を通さなければならない反面、地方公営企業たる水道事業所の職員として、断水による市民の迷惑をできるだけ軽減しなければならないとの考慮も働き、進退両難に陥つた結果、自主給水に踏み切つた」旨認定し、恰もそこに自主給水についての組合の権利性ないしは正当性の根拠があるかの如く認定して目的の正当性を判断しているけれども、組合の闘争方針に反する業務命令を違法無効としてこれに従うことを拒否することが、組合として、闘争の筋を通すことになるのは格別、断水による市民の迷惑をできるだけ軽減することが、組合ないし水道事業所の職員として進退両難に陥るとまで評価されうるほどに必要とは認められず、組合が自主給水をしなければならない必要性はないのであつて、時間外給水の業務命令の違法無効を云い、職員はこれに従う義務はない、との前提に立つ限り、右の論理は通用する余地がない、というのである。
よつて案ずるに、なるほど、時間外勤務を命ずる前記業務命令が違法無効であると争う以上、これに従う義務のないことをも判断しているのであるから、同命令に従うことを徹底的に拒否することが、その筋を通したことになることは正しく所論のとおりであるけれども、元来被告人らは、一面茨木市役所に勤務する現業地方公務員であるとともに、他面同市役所職員をもつて組織する茨木市役所職員組合の組合員であるという、二面の性格を兼有しており、本件の如く組合を背景にして当局と紛争状態になつた場合には、組合員たる性格が強く表面に浮かび出るけれども、それだからといつて、公務員たる性格が全く姿を消すわけのものではなく依然その背後に存在しており、殊に上水道担当の現業地方公務員である以上、その勤務拒否により市民に及ぼす影響はまことに測り知れないものがあるから、単に筋を通すことのみを考えるならば、所論のとおり勤務拒否を徹底すればよいわけであるが、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当つては、全力を挙げてこれに専念しなければならない(地方公務員法三〇条)服務の根本基準を考えるならば、「筋を通すこと」のみに徹し得ない心の壁に突き当ることも当然考えられるところである。しかしその反面、筋を通さなければ組合の闘争に一とんざをきたさしめることになり、組合がこの二律背反に迷つたであろうことも推測するに難くないから、この点に関する所論摘示の原判示部分は、その内容やや誇張の嫌いがないとは云えないにしても、結局右と略々同趣旨の判断をしていることに帰着するから、右所論は採用できない。
この点について所論は、業務命令が違法無効であるということは、単に職員はこれに従つて時間外の給水作業をしなくてもよいということ、すなわち、時間外の労務提供の拒否が正当性視せられるにとどまり、そのゆえをもつて、職員ないし組合の自主給水をその権利として認めることにはならない。また、時間外の給水作業をしないため(あるいはできないで)市民に迷惑をかけ、社会的非難を受けたとしても、その非難はあげて当局に帰せられるべきものであつて、職員ないし組合のいわゆる自主給水について、その義務性もなければ権利性もでてこない旨主張する。けれども、原判決は、職員ないし組合が所論のような趣旨で自主給水に従事したことを認定したものとは記録上認められないのみならず、先に認定したように、右自主給水は塩山書記長が第三水源地において中沢所長から一任され(その内容には錯誤があるけれども)て行なつたものであることが明らかであるから、右所論自体失当であつて採用できない。
また、所論は、かりに組合に自主給水をなしうることを容認するとしても、その給水作業を組合が独占し、水道事業所当局にはこれをやらせないというような独占性、排他性はこれを認め得べくもない。従つて、水道事業所当局が、組合側と協力し、又は組合側と別個に管理職のみにより、給水作業を実施するとしても、それは給水業務に関する同事業所本来の権限と責任に基づくものであるから、至極当然のこととして認容せられるところであつて、組合側その他何人からも非難抗議を受けるべき筋合ではなく、ましてこれを阻止しようとする行為が、住民ないし公共の福祉の増進に努めるべき地方公営企業ないし地方自治本来の精神に反するものとして(地方公営企業法三条、地方自治法二条一二項)非難されこそすれ、正当性を具備する対抗行為として評価されるような道理はない旨主張する。
しかしながら、本件の給水作業が水道事業所当局の権限に属するものであるから、よしんば当局において自主給水を組合に容認したとしても、これにより組合が独占的、排他的権利を取得すべきいわれはないから、当局側がこれとは別途に、管理職員をして給水を実施させたとしても、これについて通常組合側から非難抗議を受ける筋合でないことは所論のとおりであるが本件は、既に認定したとおり、塩山書記長が中沢所長に一任され、夜間遅くまで誠実に給水作業に従事し、僅かな未給水地域を残すのみとなり、この分についても給水を行なわないわけではなく、むしろその点を話し合うため、同所長を訪ねるなどしているのに、同所長がタンク車の水が放出されているとの報告を受けるや、小矢田委員長が今夜の給水についての連絡をして来ないことと相俟ち、組合は残余の給水を行なわないものと即断し、その点を組合に確かめることもなく管理職員を消防車に乗せて給水に行かせようとしたことは、組合側に対する背信行為であると同時に、組合が自主給水に託していた団結権についての侵害行為とも認められるのである。されば、右の事実を発見憤慨した塩山書記長が、その出発を制止し搭乗していた管理職員を下車させる等したことは、とりもなおさず、右の権利を擁護するためになされた一種の自力救済とも見られる行為であつて、もとよりこれを全面的には正当視することを得ないとしても、当局側の前記不当な行為に比較すれば、その非難性は遙かに少ないものと考えられ、従つて、これは是認せられるのを相当とするから、右所論も採用できない。
さらに所論は、原判決は「組合側は、当局側から自主給水を許されたものとして、自主給水をし」、「殆んどの給水を終わりあと僅かな給水未了地域を残すのみという段階になつて、当局側が組合の意向を十分確めようとせず、一方的に管理職のみによる給水作業を強行しようとしたのであり」、「かくては、せつかくの自主給水もその成果が減殺されるとして、組合側の憤激を買うことは、火を見るよりも明らかである」と判示しているが、かりに事実関係を右判示のとおり認定評価するとしても一体なぜ「かくてはせつかくの自主給水もその成果が減殺されることになる」のか、そして「組合の憤激を買うことになる」のか理解できない旨主張する。
しかしながら、組合側は、塩山書記長において中沢所長から給水作業を一任され、自主給水を許されたものと考えて長時間にわたり給水作業を行ない、僅かな給水未了地域を残すのみとなつたのであるから、勿論これを実施して完成させる方針でいたところ、当局側がさきに認定したとおりの経過の下に、組合側の意向を全然確かめもせず、無断で管理職員のみによる給水作業を強行しようとしたのであるから、これは全く組合に対する背信行為というのほかなく、しかも、残りの給水作業は、あと一回位で済む程度のものであるから、管理職員による給水が実施されれば、当日分の給水作業は忽ち完了することになり、その反面、それまで長時間多数回にわたつて行なつてきた組合側の給水作業は、未完成のままで中止したことにせられ、いわゆる功を当局側に奪われた形になるから、組合側を刺激憤慨させるであろうことは当然予測されるところである。この組合側の心情について所論摘示の如く認定評価した原判決には何ら不合理な点はなく、その余の縷述する理由も、右に認定説示した判断に照らしいずれも容認できない。従つて、右の所論も採用できない。
(二)の所論について
所論は、原判決は、被告人の本件行為について、被告人の動機目的の一つが、中野所長代理の警察官導入という挑発的行動に対する抗議と阻止にあつたのであるから、被告人が右行為に出たことはまことに無理からぬものがあつたとし、その行為の目的が正当であると認定しているようであるが、中野所長代理が警察に通報しようとしたのは、その場の状況から身の危険を感じたため、警察の援助をもとめようとしたものであつて、原判決が評価しているような不当な挑発的行動ではなかつた。従つて、これを阻止した被告人の本件行為は、その目的の正当性を有しない、というのである。
よつて調査するに、中沢所長が管理職員をして給水作業に従事させようとした事情は、さきに説示したとおりであり、そして、さらに<証拠>によれば、堀、堀尾両係長は、給水未了地域に給水に行くよう命ぜられ、公訴事実掲記日時少し前頃茨木市消防署に赴き、ガレージ内にあつた消防車に乗り込み、消防士の運転により出庫し道路に出た。これより先、塩山書記長は、中野所長代理に中沢所長が戻つたら連絡してくれと依頼しておいたが、同所長代理から一同に連絡がないので、再び中沢所長を訪ねるため水道事業所へ向かう途中、通り合わせた堀尾係長から同所長が消防署二階に居ることを聞き出し、直ちに同所に行つて中沢所長に会い、「話したいことがある」旨申し向けたところ、同所長が「よつしや、帰る」と云うので、先に水道事業所に行つて暫く待つた。しかし、同所長がなかなか戻つて来ないので、再び消防署に引き返した際、偶々消防車に乗り込んで給水に出掛けようとしている堀、堀尾両係長を発見し、とつさに管理職員だけで残余の給水に赴くことを察知し大声で同車の出発を制止し「何すんだ」等と難詰して右両名を下車させたうえ、市役所分室付近に居た組合員にその旨を知らせて引き返し、偶々同署車庫前に降りて来た中沢所長を見付けるや、その側に駈け寄り「話が違うじやないか、私に今日の給水を任すと云つておきながら、今になつて一方的に管理職だけで出て行こうとするのか」、「中野所長代理に、一〇時以後の給水について所長と話し合いたいと申し込んであるのに、何故話合いをしないで勝手にやるんだ」等と語気強く難詰し、原判示のとおり、手で同所長の胸付近を数回押し、同所長が「もう君たちと話し合う必要はない」と云つて逃げ腰になつたので、さらにそのかかとに自己の足を掛けるなどの行為に及んだ。一方被告人は、当時組合事務所に居たが、同事務所外で、誰かが「管理職員だけで給水に行こうとしている」旨叫ぶのを聞き、居合わせた組合員一〇名位と共に事務所を飛び出し、右消防署付近に駈けつけたところ、塩山書記長が中沢所長に対し前記の行為に出ており、その周囲に組合員一〇名位と堀、堀尾両係長とが取り巻くようにして立つていた。その時、中野所長代理は最初塩山書記長に対し「やめとけ」と声を掛けたが、応ずる気配が見受けられないので、その場はそのままにして給水に行こうと考え、乗車しようとして消防車に近か寄つた際、偶々被告人ら一〇名程の組合員が駈けつけて来るのを見付け、激昂した塩山書記長の右の言動と、一団となつてやつて来る興奮した被告人らの勢いとに驚き、紛争が大きくならないうちに警察に出勤要請をして取り鎮めてもらうに如かずと即断し、一〇米位離れた右消防署一階東南角にある起番室に向かい、右手を頭上に挙げてぐるぐる廻し電話を掛けるような仕ぐさをした。これを目撃した被告人は、とつさに中野所長代理が警察を入れて挑発する気だと直感し、警察への通報をやめさせると共に同人の態度に抗議すべく、直ちに同人の傍らに駈け寄り、「この期に及んで自分の失策をごまかすために挑発をかけるのか」等と云いながら、手で同人の頸筋及びその付近を数回突いたことが認められる。この認定に抵触する右証人中野太一(第一〇回公判廷における分)、同堀顕、同堀尾清治及び原審被告人の各供述並びに被告人作成の陳述書の記載はたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。そして、右に認定した事実によると、当時中沢所長に抗議していた塩山書記長の言動、態度が幾分強いものであつたことは認め得るけれども、攻撃面についてはそれほど強度のものであつたとは認められないこと原判示のとおりであり、またその場に駈けつけた被告人ら組合員がかなり興奮していたことは認められるけれども、これもそれ程烈しいものであつたとは考えられない。しかも、その程度の紛争が組合側との間に起こるであろうことは、当日夕刻、中沢所長が管理職の西野係長らを給水に行かせようとした際、被告人ら組合員と摩擦を起こしたことを考えれば当然予見し得たところであるから、この状態を見た中野所長代理が身の危険を感じたとは到底考えられず、従つて、そのため警察官出動の必要を感じたとも考えられない。むしろ、同所長代理がかかる行動に出たのは、警察力を導入して、公権力により、その場の紛争を取り鎮めてもらおうとの安易な意図によるものであることを察知するに難くないのである。そして、もしも同所長代理の意図した警察官の出動が実現されたならば、事態はいよいよ紛きゆうして収拾困難な状態に発展したであろうことが容易に考えられるから、同所長代理のその場に不必要なかかる行動について、組合側を刺激する不当な挑発的行為と観られても己むを得ないものと云わなければならない。従つて、被告人がこの中野所長代理の不当な挑発的行為に抗議し、これを阻止する行為に出たからといつて、それ程強く非難を受けるべき性質のものでないことが明らかであるから右所論は採用できない。
また所論は、原判決は「塩山書記長に対する起訴がなされていないから、同書記長の中沢所長に対する攻撃は、刑責を問うに値しない程度のものであることがうかがわれる」旨判断しているが、犯人の行為が刑責を問うに値するかどうかということと、被害者に対する警察官の救助ないし出動を求める必要性の有無とは直接結びつかない旨主張する。
しかしながら、記録によれば、被告人の本件行為は、中野所長代理の前記不当な挑発的行動が原因となつて行なわれたものであり、同所長代理がかかる行動に出たのは、さきに認定したとおり、塩山書記長の中沢所長に対する攻撃と被告人ら組合員が駈けつけてきた勢いとを見て驚き、紛争が大きくならないうちに警察に出動要請をして取り鎮めてもらおうとの安易な意図によるものであつて、塩山書記長の中沢所長に対する攻撃は、それ程強いものであつたとは認められないのであるが、仮にそれが相当強度のものであつたとすれば、中野所長代理の右行動は、それにより是認されることになるであろう。そうなれば、その反面、被告人の本件行為の正当性は否定されることにもなるのである。これに反して、塩山書記長の攻撃が軽微のものであれは、中野所長代理の右行動はそれだけ弱い根拠の下に行なわれたことになり、これに伴い、被告人の本件行為の正当性が比重を増すことになるのである。すなわち、塩山書記長の右行為が刑責を問うに値するか否か、換言すれば、軽微なものであるかどうかは、中野所長代理の右行動の妥当性に直接関連性を持つことが明らかであるから、右所論も採用できない。
また所論は、原判決は「中野所長代理の右行動を挑発的である」旨認定しているが、挑発とは「挑む」、「そそる」ということであり、故意に相手に刺激を与えることである。従つて、中野所長代理の右行動が挑発的というからには、同所長代理が故意に被告人らに挑み、そそる目的で、警察官の出動を求める必要性がないことを知りながら、右の行動に出た場合でなければならないところ、本件についてはそのような証拠は何もない。そのうえ、原判決は「同所長代理は、塩山書記長の強硬な態度や、組合員らとともに一団となつて駈け寄つてくる被告人を見て驚いて」右の行動に出た旨認定しているのであつて、そこには「挑発的」という評価と矛盾する同所長代理の心理状態の存在を認定しているのであるから、同所長代理の右行動を目して挑発的と評価した原判決の判断は明らかに誤つているとも主張する。
しかしながら、原判決が「中野所長代理の右行動を挑発的である」旨判断していることは所論のとおりであるが、「挑発的行動」が故意を要件とするとの所論は、到底これを理解することができない。けだし、「挑発」は、所論の意味を持ち、故意をその要件とするけれども、「挑発的」とは、ある行為を客観的に観察し、それが相手方を刺激してある行為に出ることをしむけたかの如く見られる場合をいい、故意を必要としないと解するからである。結局所論は、右「挑発」と「挑発的」とが同意義のものであるとの誤解に基づくものと考えられ、右所論自体失当であるから採用できない。
また所論は、原判決が「警察力を導入しようとした中野所長代理の挑発的行動に対する抗議阻止」をもつて、被告人の本件行為の動機目的の一つと認定したのは誤りである。被告人が同所長代理の右行動に抗議したとか阻止しようとしたとかの主張ないし供述したのは、原審第三〇回公判における被告人の陳述に現われたのが最初であり、それまでは被告人はもとより弁護人の主張にも現われていない旨主張する。
しかし、記録によれば、被告人が原審第三〇回公判廷において、初めて本件行為は中野所長代理の右行動に対する抗議阻止として行なつた旨述べたこと、そして、それまで弁護人からそのような主張が全くなされていないことは所論のとおりであるが、かかる事実のみを以て、直ちに被告人の右供述が措信できないとするには理由不十分であるのみならず、所論にかんがみ記録を精査しても、原判決の右認定を左右するに足る証拠は認められないから、右所論も採用できない。
また所論は、原判決は「被告人は、中野所長代理が単に手をぐるぐる廻す仕ぐさを示しただけで、警察を呼ぼうとしているという同人の内心を察知した」旨認定しているが、夜間離れた処から果して察知できたかどうか疑わしい旨主張する。
しかしながら、記録によれば、本件現場付近には、当時茨木市消防署の灯火が点いていて、一〇米位離れている者の行動でも十分認識できる程度の明るさであつたことが認められるうえに、中野所長代理は、警察官の出動を依頼してくれとの趣旨で実際に右の仕ぐさをしているのであるから、被告人がこれを見てその旨察知したからといつて何ら不合理な点はないから、右所論も採用できない。
また所論は、被告人は、中野所長代理に対し本件行為に及んだ際、同所長代理に罵言を申し向けているが、警察を呼ぶことに対する抗議は全くなかつた旨主張する。
なるほどこの点については、被告人作成の昭和四二年一月二七日付陳述書及び同日施行された原審第三〇回公判廷における被告人の供述には、被告人がその際中野所長代理に対し、「挑発を掛けるのか」と抗議したとの記載があるだけで、そのほかには記録を精査してもこれに照応する証拠は認められないのであるが、それだからといつて、これを一概に虚偽のものであるとは断じ難い。しかし、よしんば被告人が右の言葉を用いなかつたと仮定しても被告人は同所長代理の右行動を唯一の理由として同人に抗議したものではなく、これを導火線として、同人が過去において行なつた組合に対する不当な行為をも含めて抗議したものであることが記録上認められるから、同所長代理の右行動に対する直接の抗議がなかつたからといつて、同所長代理が右の仕ぐさをしたことが明らかである以上、被告人がこれを目撃しなかつたとの理由にはなし難い。してみると、被告人が、中野所長代理の前記不当な挑発的行動をきつかけに、これまでの同所長代理の不当な行為に抗議して本件行為に及んだことは優にその目的の正当性を肯認するに足るから、右所論も採用できない。
以上のとおりであるから、原判決が被告人の本件行為の目的の正当性についてした認定、判断には、所論のような違法はない。この点の論旨は理由がない。
二、手段の相当性についての判断の誤りの主張について
論旨は、原判決は被告人の本件行為がその意図した前記目的を達するための手段方法として相当であると判断しているけれども、その前提事実を誤認しているのみならず、相当性の判断にも誤りがある。すなわち、
(一) 原判決が被告人の中野所長代理に加えた攻撃の態様、程度を極めて弱いものであるとしたのは事実誤認であり
(二)被告人の右行為について前記目的を達成するための手段としての相当性を認めたのは誤りである。
というのである。
(一)の所論について
所論は、原判決は、手段の相当性に関する事実として、その判示「第二、証拠によつて認定できる被告人の具体的な行為」の項において、「被告人が中野所長代理の頸筋などを数回手で押し又は突いたこと」「その攻撃は特に強烈であつたとは認められず、二、三分ないし五、六分の間にせいぜい五、六回行われたもので、さほど集中的であつたとも考えられない」旨認定しているが、この被告人の攻撃の程度は特に強烈であつたとは云えないまでも、原判決が認定したような弱いものではなかつた。これは、結局原判決が証拠の取捨選択、評価を誤つた結果、事実を誤認したものである旨主張し、さらにその理由を縷述し、これに対して弁護人は、被告人は中野所長代理の度重なる背信的な組合攻撃等に対して強く抗議し、手を前に出してつめ寄つたところ、その過程において、被告人の手が何回か同人の身体に触れ又は当つたものであつて、同人に対し物理的打撃を加えたものではない旨答弁する。
よつて調査するに、原判決の認定した被告人の中野所長代理に対する行為の態様、程度については、先に掲記した検察官が論旨において指摘したとおりである。そして、原審証人中野太一(第一〇回公判廷における分)、同森本又二、同堀顕及び同堀尾清治(第一五回公判廷における分)の各供述を総合すると、被告人は、原判示日時、場所において、茨木市消防署南側起番室に向かは手を廻して警察の出勤要請を依頼している中野所長代理の背後に駈け寄り、「お前がいかんのじや」等と云いながら、手で同人の頸筋あたりを突いて前のめりにさせ、さらにその後四、五回にわたり、その背後又は横の方などから同人の後頭部ないし肩のあたりを押しあるいは突いて、同人を前方及び横の方によろめかせたこと、そして、被告人の同所長代理に対する右攻撃は、二、三分ないし五、六分の間になされたものであるが、その間、被告人は、前記の言葉以外に「このごろ市長のご気嫌ばかりとりやがつて」とか「思いあがりやがつて」等と大声で申し向け、これに対して同人も「何が悪いんじや」等と応ずるやりとりのあつたことが認められる。この認定に抵触する被告人の原審供述及び被告人作成の陳述書の記載は、右原審証人らの供述に照らしたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
してみると、中野所長代理に対する被告人の攻撃は、ある程度の有形力の行使であつたことが明らかであるから、さらに進んで、その強さの程度について検討するに、右に認定した事実によれば、中野所長代理は、被告人の最初の攻撃により前のめりになり、その後の攻撃において前方及び横の方によろめいたことが認められ、殊に最初の攻撃は備えのない状態のときに加えられたのであるから、同人に与えた衝撃の程度は、幾分強かつたであろうことを推認するに難くないのであるが、同人の原審供述として「最初にぽんと突かれたときには、ひよろひよろとよろめいて、頭はもう地に近いぐらい曲つてしまい、その後も同じような程度で突かれ、また腰が曲る程度によろめいた旨の部分並びに原審証人堀尾清治の「中野さんは、突かれて非常に前かがみになり、ひつくり返りそうだつた」旨の供述部分は、同堀顕及び同森本又二の各供述に照らし合わせると、たやすくこれらを措信することはできない。すなわち、右堀証人は「中野さんは、突かれて少し前かがみになつてよろけた(なおこの供述と矛盾する「相当ひどく前かがみになつておつたようです」との供述部分もあるが、これはその供述内容から考え単なる想像的供述と判断されるから採用できない)」「その前かがみの程度は、腰を二〇度ぐらい曲げた程度であつた」旨供述し、また森本証人は「中野君は大分よろけていた。同人が自分ならば、エキサイトして掴み合いになつただろうに、中野君はよく辛抱しているなと思つていた」「あまりいつまでも騒ぎが続くようなら困るので、誰かに他所に行くように注意させようと考えていた」旨供述しており、これらの供述を考え合わせると、被告人の中野所長代理に対する右攻撃は、未だ警察力等を介在させて制圧しなければならないほど強度のものであつたとは認められないのみならず、それも二、三分ないし五、六分の間に四、五回行なわれただけであり、しかも、それらが一気かせいになされたものとも考えられない。被告人の攻撃の強さは右の程度のものに過ぎなかつたと判断され、原判決の認定もまたこれと略々符合し、さしたる差異を認め難く、その余の縷述する理由も、右に認定した事実に照らしいずれもこれを容認できない。従つて、右の所論は採用できない。
(二)の所論について、
所論は、原判決は手段の相当性に関する判断として「管理職のみの給水実施の推進者であり、警察力の導入という挑発的行動に出た中野所長代理に対し、これに抗議し阻止する」目的のため「前記認定の如き内容の行為に及んだことは、その行為自体やや穏当を欠くきらいがないとはいえないにしても、組合副委員長として、衛都連書記長として、当局側との前記闘争を指導し、また同夜の自主給水についてもその指導者の一人の地位にあつた被告人としては、まことに無理からぬものがある」と判断説示しているが、手段の相当性は、行為者の行為が、その正当な目的達成のために相当なものであつたと認められるか否かの判断であるから、行為の目的と相関的に判断されなければならないとともに、緊急性を含め情況上の相当性ならびに行為の補充性と共に総合的に判断する必要があるところ、原判決認定の攻撃の強さ、態様の被告人の行為を前提としても、そしてまた、原判決認定の前記被告人の目的を前提としても、その目的達成のための手段として、唯一のものと認められないのは無論のこと(すなわち、補充性)、補充の原則の適用を除外して考えても、右行為が相当であるという判断はとうてい出てこない、というのである。
原判決が被告人の本件行為について超法規的違法性阻却事由を認めたとの前提に立つならば、所論の各要件を必要とすることも考えられないことはないけれども、原判決の判断が必ずしも所論のような理論にしたがつたものとは解せられないことは既に判断したとおりであるから、原判決が右の点にふれなかつたとしても、特にこれを違法視することはできないし、また所論の相当性についても、さきに認定した諸事実から考えると、被告人が本件行為に及んだ事情は、組合側が夕方以来団結権の一環として行なつてきた自主給水の僅かな未了部分につき、組合側の意向を確かめないでたやすく当局側において管理職のみによる給水作業を強行し、右団結権を侵害しようとしたため、塩山書記長がこれを中沢所長に抗議していた際、中野所長代理が未だ客観的に必要性を認め得ない情況の下において、警察官を導入しようとする不当な挑発的行動に出たため、これに抗議し阻止しようとしてなされたものであつて、その場の情況上まことに止むを得ない行為であつたと認められる。また被告人の本件行為の内容、程度は、これを労働事件の類型から離れ、純粋な一般刑法犯の視野に立つて見れば、軽々にこれを不問に付するに相当なものであるとは云えないにしても、実際には、本件が労使間の紛争の過程において派生した事件であることに思いを至し、かつ、ことここに至るまでの前記諸事情を勘案すれば、むしろ手段として相当であつたと考えられるから、被告人の本件行為は、手段の相当性を充足しているものと云うことができる。
以上のとおりであるから、原判決が手段の相当性についてした認定、判断には、所論のような違法はないから、この点の論旨は理由がない。
三、法益権衡についての判断の誤りの主張について
論旨は、原判決は「法益の権衡」という言葉を抽象的に掲げたのみで、侵害される法益と侵害する法益の具体的比較の内容を説示しなかつたばかりでなく、侵害される法益、つまり、被告人の本件行為によつて保全しようとする法益が如何なる法益かということすら判示していないから、原判決は、法益権衡についての判断を誤つている、というのである。
よつて案ずるに、記録によれば、原判決は、その「違法性の判断」の項において「法益の権衡を考慮した」旨抽象的に判示しているが、これが判文上具体的に比較検討されていないこと及び被告人が本件行為によつて保全しようとする法益、すなわち、侵害される法益が明確に摘示されていないことは所論のとおりである。しかし、原判決をし細に検討すると、その説示がなされていることをうかがうに十分である。すなわち、記録によれば、組合側は、過去において当局側より不当な圧迫を受け組合活動、ひいては団結権に重大な侵害を受けてきており、本件の自主給水も団結権の一環として行なわれたものであるところ、当初塩山書記長に給水を任せた中沢所長としては、市の職員として同人に給水を行なわせたつもりでいたので、その点において錯誤があつたとしても、その後組合側が組合旗を立てるなどして給水に従事し、自主給水を行なつていることを十分認識しながら、あえて故障を申し出ないで放任して置き、僅かな給水未了地域を残す段階になつて、組合側の意向を確かめもせず、突如一方的に管理職のみによる給水作業を強行しようとしたのであるから、組合側の団結権を不当に侵害しようとするものに外ならない。すなわち、本件は、当局側の侵害行為から組合の団結権を擁護するため、当局側の中野所長代理の法益、身体上の権利を侵害したことになる筋合であつて、しかもこの点については原判決の内容から十分うかがい知るに足り、かつ、原判決もまたこれと同趣旨の認定をし、これらを比較検討したものと考えられるから、右所論は採用できない。
また所論は、当局側が管理職のみによる給水実施をしようとしたのは、中沢所長が、組合側にもはや残余の給水をする意思がないと考えやむを得ず採つた処置であり、しかも、それによつて組合員に給水を強制するものではないから、組合の団結権を侵害することにはならない旨主張する。
しかしながら、所論の点は、先に認定判断したとおり、中沢所長が組合側に給水を任せ、その大部分を完了させておきながら、僅かな給水未了部分について、組合側の意向を無視し、無断で管理職員をしてこれを行なわせようとしたものであるから、組合側の団結権を侵害するに至ることが明らかである。従つて、組合員に給水を強制するものでないから組合の団結権を侵害することにはならない、との所論は、組合の団結権の本質を無視した理論であつて到底是認し難いから、右の所論も採用できない。
さらに所論は、中野所長代理が警察力の導入による挑発的行動に出たからといつて、これによつて、組合側の団結権などの法益を侵害することにはならない旨主張する。
しかしながら、未だ警察力の導入を必要とする客観的情況が生じていないのに、警察の公権力を利用し、その場の紛争を安易に解決しようとすることは、組合の団結権の侵害以外の何ものでもないと考えられるから、右の所論も採用できない。
してみると、原判決には、所論のような判断の誤りはないから、論旨は理由がない。
四、「その他の経緯」についての事実誤認等の主張について
論旨は、原判決は違法性阻却要件の具体的判断の適用にあたつて、行為の動機目的や手段方法のほか「その他の経緯」として認定した事実に誤認があると主張するので順次判断する。
(一) 所論は、原判決は「中野所長代理は、中沢所長の指示により、断水対策の立案と実施に全面的に関与していたものであるところ、自己ら管理職側の不手際もあつて、給水実施が遅延し相当に勤務時間を超過して給水作業を実施するほかない状勢となるや、大槻管理者に同調して、安易に、違法な業務命令によつて事業所職員に時間外勤務を強制しようとし」た旨認定しているが、当日の給水について同所長代理ら水道事業所当局側の給水の手配状況、業務命令を出すに至つた事情、業務命令の適法性についての同所長代理らの認識等にかんがみると、中野所長代理は、安易に大槻管理者に同調して職員に時間外勤務を命じたものとは認められない、というのである。
しかしながら、<証拠>によれば、中沢所長は、当日早朝から前日の水の消費量、一部の地域に発生した減水、断水の状態、第三水源地の応急用揚水ポンプのモーターが故障していて当面その用が足せないこと等諸般の情況から、断水地域が広範囲にわたつて発生することが予測されたので、午前八時頃先ず松田技師を第三水源地に派遣して右のモーターの修理に当らせるとともに、自らも同修理の促進、代替員の手配など専ら技術面を担当することになり、他面、各戸給水については、当時同市には給水タンク等の備付けがなかつたため、午前九時頃中野所長代理に対し近隣の都市からタンクを借り入れてこれを実施するよう指示した。そこで、中野所長代理は、直ちに今井、西野両係長と相談のうえ、堀尾係長をして断水地域に対する断水理由及びその他の地域に対する節水を要望する広報活動を行なわしめると同時に、堀係長をして吹田市へ給水用タンク二基を借りに行かせたが、偶々タンクが故障しているとの理由で貸出しを拒否された。そして、漸くにして箕面市からタンク二基が借りられることになつたが、これらが不便な場所に格納されていたため著しく時間をつぶし、同タンクに満水して茨木市役所に戻つた時には、既に勤務時間外の午後五時五分頃になつていた。従来かかる断水に際しては、先ず茨木市消防署に消防車の出動を要請し、その出動を得て給水作業に従事するのが常であつたが、この日はそれも遅れて午後二時四〇分頃中野所長代理から要請されたため、午後三時頃に至り漸くその出動を得、給水係員塩山博之(組合書記長)外数名をして右消防車に搭乗させ給水実施を開始した有様であつた。従つて、当時既に広範囲にわたつていた断水状態にかんがみると、午後四時頃既に職員の勤務時間内に各戸給水を完了することが不可能なことは勿論、このまま給水を継続しても午後一〇時頃までかかることは必至と予測された。ところで、組合側は従来市当局と三六協定の締結こそしていなかつたが、これに代る時間外勤務の事前協議の制度があつたところ、原判示のとおり、これを一方的に破棄され、三六協定の締結を申し入れても拒否されるなど、徹底した組合対策による圧迫を受けたため、当時三六協定の締結その他の要求事項を掲げて超過勤務拒否の闘争中であつたから、事業所職員(組合員)に時間外勤務をさせることは極めて困難な事情にあつた。かかる情況の下において、中野所長代理は、午後四時三〇分頃小矢田委員長から、理事者との話合いの申入れを受け、これを大槻管理者に伝えたところ、同管理者は、「話合いをしている暇がない」と云つてこれを拒否し、かえつて同所長代理及び中村人事係長に対し、今後の給水に関しては職員に業務命令を出してこれを実施することはどうかとの提案をした。そして、同人らと協議した結果、結局両名共にこれに賛成したので、直ちに同人らにその人選、業務命令書の作成交付等を一任し、かくて中村係長は右業務命令書の作成を担当し、また中野所長代理はその余の事項を担当のうえ、直ちに工務係から北村寿一郎ら四名、給水係から塩山書記長ら三名計七名を人選し、同人らに対し同日午後五時から午後一〇時まで勤務し給水作業に従事すべき旨の業務命令書を各作成発付し、午後五時少し前頃北村寿一郎ほか二名に対しそれぞれ右業務命令書を交付したことが認められる。この認定を覆すに足る証拠はない。そして、右に認定した事実によれば、中野所長代理は、中沢所長の指示に基づき、原判示のとおり、断水対策の立案及び実施に全面的に関与し、今井、西野両係長と協議するなどして鋭意その対策に努力したが、その反面、自分ら管理職側の不手際から、吹田市からのタンク借出しができず、漸く箕面市からその借出しができたものの著しく時間をつぶし、給水の用に供せられることになつたときは既に勤務時間外の午後五時五分頃であつた。しかも通常かかる断水の場合には、逸早く消防車の出動を要請して各戸給水を行なうのが例であり、本件においては、早朝(一部地域は前日)から断水が起こつており、揚水ポンプのモーターの故障もあつて、断水地域な広範囲にわたつて生ずることが予測される情況にあつたにもかかわらず、午後二時四〇分頃まで消防車の出動要請をしなかつたことは、近隣の都市から借り受けるタンクが速やかに到着しその用に供し得られるものと軽信して、連絡不十分のまま漫然これを待つていたためと考えられ、ここにも中野所長代理ら管理職側の無策が見られるのである。そのため各戸給水の着手が著しく遅延し、そのうえ消防車一台に依存したため、その給水能力は断水地域の広さに比較し極めて貧弱であつたことをうかがい知るに十分であり、これがため時間外給水の必要性が増大したことは否定できない事実である。これは一に中野所長代理が情況判断を誤り、また堀係長とのタンク借出しについての連絡の不徹底等に起因するものであつて、同人の責に帰すべき事由によるものと云わざるを得ないのである。このような事情の下に時間外給水を実施しなければならない破目になり、しかも組合側は、当時三六協定の締結その他の要求事項を掲げて超過勤務拒否の闘争中であつたから、職員(組合員)に対し軽々にかかる時間外勤務を命ずる業務命令を発すべきでなく、よしかかる業務命令(それが違法無効であることは既に認定したとおりである)を発したとしても、組合員が容易にこれに応ずることは考えられず、むしろこれに反発していよいよその闘争心をあおる結果となる虞れが濃厚であつたといえる。従つて、特に慎重な審議を尽すべきであつたと考えられるのに、中野所長代理は、大槻管理者の右の如き業務命令発付の提案に対して、中村係長と共にたやすくこれに賛同し、その発付に協力してこれを事業所職員(組合員)に強制しようとしたことが明らかであるから、右所論は採用できない。
さらに所論は、右業務命令が違法であるとしても、同所長代理らは、違法と承知のうえで、ことさらにこれを強行しようとしたものではない旨主張する。
しかし、右に認定した事実によれば、中野所長代理は、当時右業務命令が違法であることまでは認識していなかつたものと考えられるのであるが、既に認定した事実により明らかなとおり、従来組合側は、時間外勤務を行なうときの用意に三六協定の締結を希望要求していたのに、当局側がことさらにこれを拒否していた実情については、中野所長代理においてもこれを熟知していたことであるから、かかる情況の下に業務命令を発して一部職員(組合員)に心理的強制を加えることには、同人自ら心中に抵抗を感ずるものがあつた筈である。中沢所長が第三水源地において組合に対し、残りの業務命令を出さないで自発的に給水に行かせようとしたのも、かかる事情によるものと考えられるのである。してみると、中野所長代理としては、当時少くとも心中に右業務命令を不合理ないし妥当を欠くものと考えながらも、その発付に協力しているのであるから、これにより、一部の組合員をして時間外勤務をせざるを得ない状態に置こうとしたものと云わざるを得ない。従つて、これを以て労働基準法三三条一項の規定を乱用して組合員に時間外勤務を強制しようとしたと解されてもやむを得ないものと考えられるから、右所論も採用できない。
(二) 次に所論は、原判決は「中野所長代理は、中沢所長から給水作業に従事している組合員らに対する夕食の手配を指示されたに拘らず、誠実に事を運ぼうとしなかつた」旨認定しているが、夕食の準備が遅れたのは、当初注文した店ではすべて出前を断られ、そのうえ漸く注文を受け付けた店では出前が遅れたためであるから、その点において原判決には事実の誤認があるというのである。
しかしながら、原審証人中沢一夫、同中野太一(第一〇回公判廷における分)同堀顕、同堀尾清治(第一五回公判廷における分)、同北川治郎、同塩山博之及び同小矢田幸雄の各供述を考え合わせると、中沢所長は、午後六時半頃塩山書記長ら組合員搭乗のタンク車、消防車が給水に出発するのを見届け、その旨大槻管理者に報告した後、中野所長代理に対し、右給水に従事している者に対する弁当の手配を命じ、間もなく第三水源地へモーター修理に出掛けた。ところで、従来時間外勤務が相当長くなる場合には、当局は勤務職員に夕食ないし夜食を出すのが例になつていたが、今回の場合は、組合側が西野係長ら管理職員による給水実施を差し止めて自主給水を行なつている関係上、中野所長代理以下の管理職員らとしては殆んど全部が食事を出すことに反対の意向であつたが、中沢所長から右の指示があつたので中野所長代理は、その頃堀係長に命ずるなどして数個所に弁当の注文をしてみたが、いずれも用意できないと断わられた。それで、電話でその旨を中沢所長に報告したところ、同所長から「組合では既にパンと牛乳を配つているから、あわてることはないが、とに角用意してくれ」とのことであつたが、同所長代理は、そのまま注文を遅延しているうち、塩山書記長その他から数回食事の催促があり、また午後九時前頃帰庁した中沢所長からも再度注文を命ぜられたので、さらにその手配に当つた結果漸く注文することが出来たものの、その配達が午後一〇時過ぎになつたため、先に組合から食事の支給がなされ、これがため当局側は弁当を出す機会を失い、その支給をしなかつたことが認められる。そして、右に認定した事実によれば、中野所長代理は、ある程度夕食の手配に努力したことは認められるが、数個所で断られるや、電話でその旨中沢所長に報告した際、「組合では既にパンと牛乳を配つているから、あわてることはないが、とに角用意してくれ」と指示され、その後塩山書記長その他から数回食事の催促を受けながら、同所長が帰庁するまでこれを放置し、帰庁した同所長からさらに注文を命ぜられて漸く再度の手配をしたことは、元来弁当支給に反対であつた同所長代理の意思の現われと考えられ、また中沢所長から再度指示されて手配した結果注文ができたことにかんがみると最初のときは誠意を欠いていたためにその注文ができなかつたものと考えられる。もつとも、最後に注文を受け付けた店が一時間余りを費やして出前をしていることは明らかであるが、これとても、早く注文ができていれば、たとえ出前がその時より以上に遅延したとしても、本件の如く遅くなるとは考えられず、結局、中野所長代理が誠実に食事の準備に当らなかつたものと云わざるを得ないから、右の所論も採用できない。
(三) さらに所論は、原判決は「中野所長代理が塩山書記長から残余の給水の要否につき中沢所長とさらに相談したい旨の伝言を依頼されながら、故意にこれを同所長に伝えなかつたため、同所長をして組合ではもはや残余の給水を行なわないものと速断させ、管理職のみによる給水を指示させるに至つた」旨認定しているが、中野所長代理は、塩山書記長から右の如き伝言を受けた事実はない。かりに、そのような事実があつたとしても、同所長代理が故意にそれを中沢所長に伝えなかつたという事実はなく、その証拠もない。従つて、この点において原判決には事実の誤認がある旨主張し、その理由を縷述する。
中野所長代理が塩山書記長から中沢所長に対する所論趣旨の伝言を依頼されながら、これを同所長に伝えなかつたため、同所長がかかる伝言のあつたことを知らず、組合側がタンク車の水を放出したことなどから、もはや残余の給水を行なわない方針であると即断し、管理職のみによる給水実施を指示するに至つたことは、前記のとおり、既に積極に認定したとおりである。そこで、中野所長代理が右の伝言をしなかつたことが、同人の故意に基づくものであるか否かについて考えてみるに、原審証人中野太一(第一〇回公判廷における分)、同中沢一夫、同堀顕及び同堀尾清治(第一五回公判廷における分)の各供述によれば、中沢所長は、組合側でタンク車の水を放出したこと等から、組合側ではもはや午後一〇時過ぎの給水作業には出動しない方針であると判断し、北川係長を除いた管理職全員の居るところで、「消防車の出動を交渉するから、管理職で給水してもらいたい」旨云い残し、茨木市消防署にその交渉に出掛けた。その間中野所長代理は、その場に居てこれを聞いていながら、塩山書記長から伝言のあつたことを全然同所長に伝えず、またその後間もなく右消防署に行つて同所長と一緒になり、それから本件事件発生に至るまで同所長と行動を共にしたが、ついに右の伝言を同所長に伝えなかつたことが認められる。そして、右に認定した事実によれば、中野所長代理は、当初あるいは失念して塩山書記長の伝言を中沢所長に伝えなかつたのかも知れないが、同書記長の伝言内容が給水に関する事項であることは判つていたのであるから、中沢所長が管理職による給水実施を決め、自ら管理職員にその旨述べて協力を求めた段階においては、当然右の伝言を思い出していたものと推認するに難くなく(この推認を覆すに足る証拠はない)、しかも、その後行動を共にしこれを伝える機会を十分に持ちながら、依然口をかんし続けたことは、とりもなおさず、故意に右の伝言を中沢所長に伝えなかつたものと判断するに十分であり、その余の縷述する理由も、右に認定した事実、判断に照らしいずれもこれを容認できないから、右所論も採用できない。
従つて、所論の「その他の経緯」に関する原判決の認定には所論のような事実の誤認はないから、論旨は理由がない。
以上に認定した諸事情を総合中断すると、被告人の本件行為は、外形的には刑法二〇八条の暴行罪の構成要件に該当するけれども、それが労使間の紛争過程において発生したものであり、その暴行の程度も軽微で反社会性が稀薄であると考えられるうえに、その動機目的、手段方法、法益の権衡、ことここに至るまでの経緯その他諸般の事情を考え合わせ、さらに労働組合法一条一項の根本理念、刑法三五条ないし三七条において違法性阻却事由を認めた法の精神等、法秩序全体の精神に照らすと、被告人の本件行為は、未だ可罰的評価を受けるに値するものとは認め難く、実質的に違法性を欠き、罪とならないものと解するのが相当であるから、これを罪とならずとして無罪の言渡しをした原判決は正当である。(西尾貢一 瓦谷末雄 鈴木盛一郎)